私は41歳、独身。
少し芸能をかじっており、芝居をしたり、仲間と企画して動画を撮って公開したりしている。
仕事なのかと言われると、ほぼお金が発生しないので悲しいかな今のところ違うが、
趣味なのかと言われると、それも微妙である。
なぜかというと、趣味にしては、かなり面倒くさいからだ。
- 動画編集など苦手な分野も勉強しなければいけない
- 機材やら小道具やら衣裳やらが必要で、お金もかかる上に物が増える
- 人と場所の調整が必要
- 時には人と意見を戦わせることも
- 準備や編集に膨大な時間がかかる
- 作業が孤独なのと苦手すぎて毎回ちょっと狂いそうになる
- 完成しても自分で納得できなかったりする
- そこまでして公開しても批判されたりする
もちろん、大前提として、好きだからやっているというのはあるが、
趣味にしては、楽しくない瞬間が結構多いのだ。
さらに我ながら最高に矛盾しているのが、
そもそも目立ったりいじられたりするのが苦手なくせに顔を出してパフォーマンスをしていることだ。
現場に行くと、目立ちたい、人前に出るのが楽しくて仕方ない、という人に会うことが多々ある。
そういう人がやるべきなんだよなとしみじみ思う。
だったら辞めなさいよという感じだが、なぜか辞められない。
苦手意識を感じながら、何なら自分で自分が出る場を無理やり用意してまで、
何で私は人前に出ているんだろう・・・
よくよく考えたら、おそらく保育園時代まで遡る。
とあるおやつの時間。
その日のおやつはドーナツだった。
一人の園児が、ドーナツの入っていたビニール袋に息を吹き込んでふくらませ、両手で「パン!」と割ったところ、みんなが真似をし始め、クラス中に「パン!」という音が次々に響き渡った。
お行儀としてはよくない訳で、当然先生は「うるさいでしょ、やめなさい」とみんなを嗜めて回っていた。
私はというと、ここで袋をみんなと同じように「パン!」と割ったらうるさいだろうし、先生に叱られるであろうことはわかっていた。しかし、手元にある袋を割る感覚を、自分も味わってみたいと思ってしまった。
その欲求に耐えきれず、ほぼ全員が袋を割ったのを確認し、流れに沿って私も「パン!」と袋を割った。
私だってやってみたかった。先生には申し訳ないがこれはみんなでやったことで、連帯責任だ。
そう思った時・・・
たったったっ
先生が私のところまでやってきてこう言った。
「真面目なゆずみんとちゃんがこんなことをするなんて」
えっ?
私への指摘だけちょっと違わない?
しかも、お迎えの際、先生からわざわざ親へ「本日ゆずみんとちゃんがみんなと一緒に袋を割りまして・・・ゆずみんとちゃんは真面目で、普段そんなことをしないので驚きましてね」と説明までされた。
確かに当時の私はかなりおとなしかった。本当に目立ちたくなくて、声もあまり出さなかったし、遊びの時間も1人で砂場でずっと遊んでいるくらい。友達付き合いも1人か2人くらいがやっとだった。
だから、そんな私が非行(言い過ぎ)に走るなんて思いもよらなかったに違いない。
とはいえ、私もかなりショックだった。
私はどうやら4歳にして「真面目な人間であること」を期待されている。
そしてそのイメージを破った瞬間失望されるのだと気づいてしまった。
この「真面目の呪い」はこの後も続く。
小学校の時のあだ名も「真面目くん」
正社員を辞めても、ツーブロックにして金髪にしても、眉毛を剃っても、街中で踊っても、芝居をして舞台で転がり回っても「真面目」と言われる。
わかっているんですよ、この「真面目」は基本的に褒め言葉ではない。
柔軟な対応ができない、殻を破れない、面白くない人のことを言っているのだと。
それでいて、相手の期待に沿わない動きをすると失望されるのだ。
「あなたは真面目なのに、どうしてそんなことをするの」と。
なんて窮屈なんだ!
人に迷惑をかけないなら何だってやっていいじゃないか!
これから何をするかなんて自分でもわからないのに、何かする度に、失望しないでくれよ!
みんなには笑っていてほしいんだよ!
「真面目な私」が反動でおかしなことをしている訳じゃなくて、
私は「そういう」人だ!!
私へのイメージを固定しないでほしい。
私に期待されていることを片っ端から裏切り続けたい。
常に何をしでかすかわからない人でありたい。(犯罪除く)
それらは全て、みんなをがっかりさせたくないし、そんなみんなの顔を見たくないからだ。
でも書いていて思ったけど、自意識過剰過ぎるし、恨みが根深過ぎるし、こういうのをひっくるめて承認欲求というんだろうな。笑
そんなこんなで、歯を食いしばりながら、呪いと闘いながら、孤独を感じながら、今日もパフォーマンスをしたり、作品を作ったりしている。
いやもっと楽しみなさいよ、自分。笑
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